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【國本 行彦】 1960年8月21日生。 東京都立志村高校卒業。 1984年早稲田大学法学部卒業後、日本合同ファイナンス(現・JAFCO)入社。 2006年1月5日(株)インディペンデンツ(現(株)Kips)設立、代表取締役就任。 2015年11月9日 特定非営利活動法人インデペンデンツクラブ 代表理事就任(現副代表理事) 2020年6月 (株)ラクス社外取締役就任 |
金商法改正が拓く未上場株式市場の新時代
2025年5月に施行された金融商品取引法の改正では、「未上場株式の取扱いに関する仲介業務」が新設され、また私設取引システム(PTS)の運営が従来の認可制から登録制へと移行しました。これにより新規参入の障壁は大きく下がり、未上場株式流通の基盤が整い始めています。さらに「49人勧誘制限」の撤廃、そして「適格機関投資家特例」の廃止も重要です。これまでは資金を集める際に人数制限があり、ファンドを組成するにも必ず機関投資家を含めなければなりませんでした。少人数私募の勧誘人数制限撤廃により、49人以上の不特定投資家への勧誘も可能となり、個人の富裕層や大口エンジェル投資家が柔軟に市場へ参加できる環境が整いました。
スタートアップにおけるエンジェル投資家の存在感が高まることにも注目しています。彼らのメリットは「資金提供」にとどまりません。多くのエンジェルは経営経験や業界知識、人脈を持っており、単なる投資家ではなく「ハンズオン支援者」として機能します。創業初期に必要な人材の紹介や事業提携先とのマッチング、経営上の意思決定への助言など、VCにはないきめ細かな支援を期待できます。創業者にとっては「資金+経験+ネットワーク」という総合的なサポートを受けられる点が大きな魅力です。特にシード期は人も資源も限られており、こうした支援が事業の成否を分けることさえあります。また、エンジェル投資家は柔軟に投資できるため、従来のVCが敬遠しがちだった「小規模」「ローカル」「ニッチ」市場で展開するスタートアップへの資金供給増も期待できます。
一方で、投資家の数が増えれば、その分だけ情報提供やリスク説明のコストが上がります。小規模なスタートアップにとっては、株主管理や適格開示、リスク説明対応が負担になりかねません。また、エンジェル投資家の中には必ずしもスタートアップの成長支援に積極的ではなく、短期リターンを優先する投資家も現れるでしょう。資金は潤沢になっても、起業家と投資家の目線が合わなければ摩擦が生じ、経営の意思決定が複雑化するリスクがあります。つまり「誰から資金を受けるか」という選択が、これまで以上に重要になります。
ファンド規模100億円以上の大手VCと、それ以下の中小VCでは投資戦略も変わってくると考えられます。CVCや海外投資家、事業会社、政府系ファンド、特定投資家向けのJ-SHIPなど投資家が多様化することで、特に大型ファイナンスラウンドにおいて従来VCがイニシアチブを取れる機会は減少していくでしょう。一方、中小VCは短期的に資金回収ができるM&Aを増やし、上場基準の厳格化により長期固定資金を要するIPO回収は減り、トレードセールが主流になっていくと見られます。スケールを目指すスタートアップにペイシェントマネー(忍耐強い資金)を提供できるのは、機関投資家や事業会社に加えて、今回の金商法改正を追い風に参入しやすくなったエンジェル投資家にもその役割が期待されます。
※「THE INDEPENDENTS」2025年10月号 - P.19 より