<起業家インタビュー>

■ 創薬ベンチャーからAIバイオベンチャーへ

日本薬志は、20253月に設立されたAI/ITバイオベンチャーです。当社の前身は、私が2003年から経営してきた株式会社イーベックという創薬バイオベンチャーにあります。イーベックでは、人の血液中のメモリーB細胞という記憶細胞から抗体をつくる革新的な技術を基盤として、製薬会社に医薬品の材料を提供してきました。

しかし、創薬は成功までに10年以上を要し、多大な時間と費用がかかる非常に難易度の高い事業です。このビジネスモデルだけでは限界があると感じていた私は、イーベックの技術をデータサイエンスと組み合わせることで、より多くの製薬会社や検査会社にとって身近なビジネスを創出できるのではないかと考えました。そうして生まれたのが、日本薬志です。

データサイエンスを駆使し、人々の健康に貢献するというのが私たちのビジョンです。設立間もない会社ですが、すでに東京大学、北海道大学、大阪大学との共同研究が決まり大手製薬会社からも問い合わせが来るなど、幸先の良いスタートを切ることができました。

 

■ 免疫システムを創薬に活かす:メモリーB細胞の力

 当社の事業の核となるのは、人の免疫システムが持つメモリーB細胞です。感染症にかかると、私たちの体内では抗体が作られ、その病原体を攻撃します。病気が治った後も、メモリーB細胞は体内に残り、一度かかった病原体を記憶します。再び同じ病原体が侵入した際に、すぐに効果的な抗体を大量に生産できる細胞に変化し、再感染を防いだり重症化を抑制したりするのです。

 このメモリーB細胞は、血液中にごく少量しか存在しないため、従来の技術では抽出が非常に難しいとされていました。しかし、北海道大学の高田先生が、EBウイルスをメモリーB細胞に感染させ、抗体を無限に増殖させる技術を開発したことで、状況は一変。これにより、わずかな血液からでも、その人が持つすべての抗体を可視化し、生産することが可能になりました。

メモリーB細胞由来ネイティブ完全ヒト抗体の特徴

 イーベックでは、この技術を活かして、臓器移植後の患者に重篤な合併症を引き起こすサイトメガロウイルスという病原体の治療薬となる抗体を開発し、ある製薬会社に130億円でライセンスしました。その抗体は、サイトメガロウイルスの40種類もの変異株すべてを低用量で抑制できることが実証されており、その効果は画期的なものでした。

 

■ AIを活用し、抗体開発のスピードを加速

 この成功の裏側には、創薬ベンチャーならではの苦難がありました。新型コロナウイルスのパンデミックでは、有効な抗体を開発できたにもかかわらず、その評価に半年もの時間がかかり、実用化が間に合わないという悔しい経験をしました。この経験からAIの活用を思いつき、半年かかった抗体構造解析をAI企業に依頼したところ、わずか数日でほぼ同じ結果が得られました。

 このAIの驚異的なスピードと精度を目の当たりにし、私たちは新たな事業モデルを構想。それが、AIを使って人が作製する抗体の構造を解析し、そのデータをライセンス提供する事業です。パンデミック時に新しいウイルスの構造が公表されたその日のうちに、AIで抗体構造をドッキング解析し、有効な抗体を即座に特定できる可能性があります。治療薬や予防薬、ワクチンの開発企業に対し、高精度で変異に強い抗体データを迅速に提供する。これが日本薬志の第一の柱です。
日本薬志技術を活用した開発抗体の特長

■ 疾患の原因となる未知の新規抗原探索事業を第二の柱に

 もう一つの柱は、新たな抗原を探索する事業です。微量の血液から、その人が過去に感染したほとんどの病原体に対する抗体の“スープ”を作り、過去の病歴を可視化します。この抗体スープを特殊なプレートにかけることで、病気の原因となる新たな抗原を発見できる可能性があります。
未知の抗原(新たな創薬目標)を探索

 この研究は、イーベックと協力して既に共同研究している複数の大学と進めています。これまでの研究で、特定疾患の患者様だけが持つ、未知の抗原に対する抗体が複数発見されました。この抗体データを用いることで、アルツハイマー病やうつ病、認知症といった、根本的な治療法が確立されていない疾患の治療法や早期マーカーの発見につなげることを目指しています。

 

■ 強固な知財戦略と今後の展望

 私たちのコア技術は、メモリーB細胞から抗体をつくるノウハウですが今後抗体構造を解析する技術を構築します。これらのノウハウは模倣が難しいため、あえて特許を公開せず、社内で秘匿する方針をとっています。その一方で、私たちが作製する個々の抗体については、既存のものよりもかなり高い効果を示すことから新規性を証明し、物質特許として保護していきます。

 また、大学や製薬会社との共同研究で得た大規模な実験データを活用することで、特許をより強固なものにし、世界中で通用する強力な知的財産権を築く戦略を推進していきます。

 日本薬志は、今後、創薬セクターではなくAI/ITセクターとしての上場を目指しています。短期的な収益が見込めるデータビジネス事業を主軸に据えることで、安定した経営基盤を築当き、人々の命を救うという志を共有できる仲間やパートナーと共に、世界に貢献していきたいと考えています。

 

interviewed by kips 2025.8.1




【株式会社日本薬志】
設 立:2025年3月27日
所在地:北海道札幌市中央区北一条西2-1

※以下に本社移転
兵庫県神戸市中央区京町80 クリエイト神戸3階WORKING ELK×SYNTH KOBE

資本金:44,720千円
事業内容:医薬情報の研究開発、情報処理・提供サービス業

株式会社日本薬志 代表取締役 土井 尚人 氏

 

【代表者略歴】

株式会社日本薬志
代表取締役
土井 尚人 氏 Doi Hisato

 
生年月日:1967年1月9日
出身高校:関西学院高等部

関西学院大学経済学部卒業、小樽商科大学大学院商学研究科修士課程修了。
1989年安田信託銀行入社、経営企画部門、本店営業部、札幌支店等。
2002年(株)ヒューマン・キャピタル・マネジメント設立、代表取締役就任。
2004年(株)イーベック代表取締役就任。
2025年当社設立、代表取締役就任。
ドラッカー学会設立メンバー、北海道生産性本部理事。
経済産業省、札幌市、神戸市、沖縄県等の委員、アドバイザー、マネージャー等多数歴任。
 
※「THE INDEPENDENTS」2025年9月号 - P.2-3より