1 はじめに

 今回のコラムからは、「スタートアップ法務・知財の勘所」と題して、連載します。スタートアップは、激動の市場環境の中で、スピード感が求められ、多くのステークホルダーに対峙しつつ、成長することが要求されます。このような環境で、スタートアップは、どのような法務・知財業務を展開することが必要なのか、本コラムで紹介していきたいと思います。

 

 初回は、従前の法務・知財業務で生じている現状を概観します。


 

 

2 法務業務と知財業務の分断(従来の法務・知財)

 法務部と、知財部は必ずしも仲がいいとは言えない場合が多いです。
 
①(法務部の声)「契約書のレビューは、法務部の仕事であり、知財部は知財条項しかレビューしてはならず、その他の条項に意見することは越権行為だ。」
 
②(知財部の声)「特許出願の要否判断は、知財部の専権事項であり、法務部は口を出さないで欲しい。」
 
③(知財紛争の場面)「特許ライセンス交渉の場面では、知財部が指揮をとっていたが、裁判になったのだから、今後は法務部が仕切らせていただく。」 
 
 日本企業では、しばしば見受けられる場面です。 
 
 上記①~③は、極端な例だとしても、法務部と知財部の業務分担は、概ね以下の表のとおり整理できます。
表1 法務部・知財部の職務分担表表1 法務部・知財部の職務分担表
 
 
 法務部も知財部も、特殊スキルに特化して専門化を進めてきた結果、各々の職務分担範囲が聖域化・縦割り化し、(専門実務能力は極めて高いものとなったが)両者の関係は希薄なものとなっているケースが多いです。 
 
 同様の業務領域の分断は、法律事務所、特許事務所といったプロフェッショナルファームでも起きています(※1)。 表2 弁護士と弁理士の違い
表2 弁護士と弁理士の違い(※2)
 
 
 弁護士と弁理士は、各々の領域を担当する者として協業することはあっても、いずれかの領域において協業することは、筆者の知る限り、ほとんど無かったように思います(※3)
 
 以上のとおり、法務業務と知財業務は企業においても、事務所においても、歴史的に分断が生じているのです(※4)
  
 

3 おわりに

 次回は、法務業務と知財業務の融合の必要性について、述べていきます。
以 上
 

<注釈>

(※1) 日本の国家資格制度においては、法律事務を行う弁護士と、特許出願を行う弁理士は、各別の資格として制度化され、弁護士には文系出身者が多く、弁理士は理系出身者が多いという出身系統の属性も相まって、各々が独自の業務文化を形成してきた。弁護士が技術に向き合わなければならない特許出願を行うことはまずないし、弁理士は法的に法律事務を行うことが禁止[1]されている(弁理士法4条、弁護士法72条等により、弁理士は一部の業務以外の法律事務を行うことが禁止されている。)。
(※2)  2019年の司法試験の合格者1187人のうち、1054人(88.8%)が法学部系出身者であり、133人(11.2%)が非法学部系出身者であった(「弁護士白書」59頁(2019年、日本弁護士連合会))。ここでいう、「非法学部系」とは、人文系学部、社会学系、教育系学部等も含まれるので、司法試験合格者における理系学部出身者の割合は極めて少ないと推測される。2019年の弁理士試験の合格者284人のうち、222人(78.2%)が理工系出身者であり、49人(12.7%)が法文系出身者であり、13人(4.6%)がその他の属性である(「弁理士試験最終合格者統計」(2019年・特許庁))。
(※3)  特許侵害訴訟において、法的主張を弁護士が担当し、技術や特許性に関する部分を弁理士が担当するという、各人の職務分担領域を相互に担当し合うという協業は、従前も存在した。しかし、弁理士の主たる業務である、特許出願を弁護士と弁理士で協業するケースを筆者は聞いたことがない。
(※4) ごく一部の企業では、知財と法務の融合を目指す動きも見受けられるが、稀なケースである。
 
 
※「THE INDEPENDENTS」2025年10月号 P.17より
※掲載時点での情報です
 

 
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏   弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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