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「中堅企業論」

  インデペンデンツクラブ代表理事 秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。
   

 報道によると、政府は2月16日(金)従業員2000名以下の企業を「中堅企業」と位置付ける産業競争力強化法の改正案を閣議決定したという。

 日本での企業の規模別分類としては、1963年(昭和38年)に制定された「中小企業基本法」(その後数回改訂)に基づく分類があるだけで、そこでは対象の中小企業者並びに小規模企業者を業種別に分けた上で、資本金ないしは従業員数によって分類している。従って、中小・小規模企業以外の企業は大企業と分類される。ちなみに、その分類でみた中小・小規模企業の社数は日本全体の約70%を占め、従業員数は99%以上を占めている。

 上記の閣議決定された産業競争力強化法の改正案の狙いは、従業員数300名以上の大企業と政策対象の従業員数300名以下の中小・小規模企業の間に従業員数2000名以下の企業を「中堅企業」として位置付け、様々な税制優遇などの支援措置を重点的に行うことで、より高い成長を実現してもらうことにあるようだ。経産省の資料によると、現状従業員数300人以上2000人以下の「中堅企業」は約9000社、これらの企業の多くは地域経済の担い手で、これまでは大企業として扱われ中小・小規模企業のように政策支援対象にならなかったが、彼らを政策的に支援する対象にすることで地域経済の活性化にも繋がることを期待している。

 「中堅企業」というとこれまで一般的には、中小企業と呼ぶには企業規模が大きく、大企業と呼ぶにはそこまで規模が大きくない企業、といったかなり企業規模に基づいた曖昧な定義がなされて来たように思う。しかし、「中堅企業」は学術的、歴史的にはかなり重要な概念なのだ。

 先に戦後1963年に「中小企業基本法」が制定されたことを述べた。そこには政策対象としての中小企業の定義・位置付けがなされており、それは当時の日本の経済学の主流の考え方であった「二重構造論」に基づく定義・位置付けであった。「二重構造論」とは簡単に述べれば、中小企業は小規模であるため経営資源が不十分であるため、大企業のように生産性を高め賃金を高くすることは難しく、大企業との格差を自ら解消することは不可能なため、中小企業は政策的に保護・支援する必要があるという考え方であった。

 こうした考え方に実証的な調査研究で異論を唱えたのが当時専修大学教授であった故中村秀一郎氏で、中村氏は当時のパイオニアやオンワード樫山など100社以上の下請ではない独立系企業を調査・分析し、中小企業の枠を超えて成長・拡大している企業を確認した上で「中堅企業」と名付けた。中村氏は1964年に『中堅企業論』という書籍を書かれている。当時、日本経済は戦後の経済発展が始まっており、人々のニーズは多様化し始めていた。そうした多様化したニーズをうまくとらえて企業成長に繋げた企業等が「中堅企業」といえる。

 中村氏はその後、清成忠男氏、平尾誠二氏と共に1971年に出版された『ベンチャー・ビジネスー頭脳を売る小さな大企業』(1971年)にも共同執筆されている。

 中村氏の「中堅企業」という企業類型は、今回閣議決定された「中堅企業」とは勿論異なる。今回の「中堅企業」が従業員数2000名以下となった理由等多少気になるところもあるが、「中堅企業」が支援対象になることで、その成長力がより大きくなることを期待したい。

 

※「THE INDEPENDENTS」2024年3月号 掲載 - p12より
※冊子掲載時点での情報です