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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (4)」

1 はじめに

 
 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)


 スタートアップA社は、AIを用いて生成されることが予測される組成物について、以下の出願書類において、特許出願をしました。
 
 
 
(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 嫌気性接着剤組成物 

 
 
【特許請求の範囲】

【請求項1】
嫌気性接着剤組成物であって、0.08~3.2 質量%の化合物A、0.001~1質量%の化合物B及び、残余が嫌気的に硬化可能な(メタ)アクリレートモノマーからなり、さらに、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度を示す嫌気性接着剤組成物。 
 
発明の詳細な説明の概要
従来、嫌気性接着剤組成物の硬化速度を高めるため、硬化系としてフリーラジカル開始剤及び還元剤の様々な組合せが用いられてきたが、無数ともいえる組合せの中から、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度、という高い硬化速度をもたらす最適な組合せを見いだすことは、いまだ実現されていなかった。本発明は、最適化された組成を有し、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度を示す嫌気性接着剤組成物を提供することを課題としている。実施例として、当該課題を解決する嫌気性接着剤組成物を開発するために、従来公知の嫌気性接着剤組成物の組成データ、硬化開始から5分までの硬化強度データ及び硬化開始から24時間後の硬化強度データをニューラルネットワークに入力し、嫌気性接着剤組成物の組成と、硬化開始から5分までの硬化強度と24時間後の硬化強度との比を関連づけた学習済みモデルを作成したこと、当該学習済みモデルを用いたところ、嫌気的に硬化可能な(メタ)アクリレートモノマーを含む嫌気性接着剤組成物において、0.08~3.2質量%の化合物 A及び0.001~1質量%の化合物Bを組み合わせて配合すると、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度を示す嫌気性接着剤組成物を得られることに関する予測結果が記載されている。
(発明の詳細な説明には、上記配合比の範囲で配合された嫌気性接着剤組成物を実際に製造し、その硬化強度を測定した実施例は記載されておらず、その学習済みモデルの予測精度についても検証されていない。また、化合物Aや化合物Bのいずれか又はその組合せを添加することで接着剤組成物の硬化開始から5分以内に硬化強度が向上することについては知られていない。なお、硬化開始から5分以内の硬化強度及び24時間後の硬化強度の測定方法と条件は、具体的に開示されている。)
 
[前提]
嫌気性接着剤組成物において、硬化開始から5分程度の短時間のうちに硬化強度を上昇させるように制御することは難しく、ポリマー原材料やフリーラジカル開始剤及び還元剤の種類、組合せ、配合比など、種々の製造条件が密接に関連するものであることが出願時の技術常識であるとする。他方で、嫌気性接着剤組成物において、学習済みモデルの予測結果が実際の実験結果に代わりうることは出願時の技術常識でないものとする。

 

(2) 特許出願の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、実施可能要件(※3)(特許法36条4項1号)及び、サポート要件(※4)(特許法36条1項1号)に違反し、特許されません。
 なぜならば、出願時の技術常識、及び、出願書類に鑑みると、発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載された、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度を示す嫌気性接着剤組成物を製造することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえず、また、発明の詳細な記載には、硬化開始から5分以内に24時間硬化強度の30%以上の硬化強度を示す嫌気性接着剤組成物を提供するという発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえないからです。

 

3 本事例から学ぶ留意点
 

 AIを用いて有用な組成物を予測できた場合であっても、この組成物を実際に製造して物の評価をしていない場合、又は、学習済みモデルの予測値の予測精度が検証されていない場合(予測結果が実際の物の評価に代わり得るという技術常識もない)、このような組成物の発明は特許されないことに留意すべきです。
 このような発明の場合、出願時点において、実際に物を製造して評価し、又は、学習済みモデルの予測値の予測精度の評価し、これらを特許出願明細書に記載することが必要となります。
 なお、特許出願後に、実際の物を製造して実験証明書などを提出しても、上記拒絶理由は治癒しないことに注意が必要です(※5)
 
 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例51です。
本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)20頁から引用、
図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)25頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)21~22頁参照。
 
(※3) 実施可能要件とは、発明の詳細の説明の記載が、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載であることが必要であることをいます。
 
(※4) サポート要件とは、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されていることが必要であることをいいます。
 
(※5)「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)22頁参照。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年2月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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