「ベンチャーコミュニティを巡って」 第5回
Profile
| 秦 信行氏 |
野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCOに出向、審査部長、海外審査部長歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士過程終了(経済学修士)。
優先株式の活用
米国では大半のベンチャーキャピタル投資(VC投資)において優先株式が利用されている。つまり、米国ではベンチャーキャピタルの投資対象が、投資先企業が新規発行する普通株式ではなく、優先株式となっている。それに対して日本では、今年に入って公表された財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが調査した「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」によると、2007年度で見ても種類株式(大半が優先株式のはず)に投資したベンチャーキャピタル投資の割合は20%弱に過ぎない。
何故米国でVC投資に優先株式が利用されるのか、当然それには理由がある。
まず、優先株式というのは普通株式に比べて、株主に何か特別の優先性を持たせた株式である。それが配当の優先だったり、残余財産分配請求権の優先だったり色々あるが、ともかく優先株式は普通株式より有利な条件を株主に与えてくれる。従って、優先株式の価格は普通株式より高くなる。どの程度高くなるべきかの計算は難しいところだが、米国では税務上では普通株式の10倍位高い価格も許容されている。つまり、優先株式の価格が普通株式より10倍までの範囲であれば、贈与と看做され贈与税が掛かることはない。
このように優先株式の価格が高い結果、例えばVCが同じ金額の投資を行っても投資との見合いで会社が発行する株式数は普通株式より少なくて済む。この点は、経営権の維持を図りたいベンチャーの企業家にとっては大いに意味のあるところである。
価格が高いことは株主であるVCにとっては不利となるが、その分VCの利益確保を可能とするような残余財産分配請求権の優先性や取締役選任権、希薄化防止条項といった条件を優先株式発行の際に投資先会社の定款に盛込むことが可能となる。米国では、投資先会社をM&Aで第三者に売却する場合も、会社の清算と看做して(みなし清算)優先的な残余財産分配請求権が優先株式保有株主に認められるため、VCが優先株式を利用する大きな理由のひとつだといわれている。
要するに優先株式は、経営支配権と利益配分権が1対1に固定されている普通株式と違って、その比率を自由に設計することが出来る。その結果、企業家とVCである投資家が、お互いの利害得失を明確にした上で、優先株式を活用して自由にその調整を行うことが可能となるわけである。
日本では2001年と2002年の商法改正により柔軟な種類株式の利用が可能となったが、上述したようにVC投資における利用はまだ余り進んでいない。確かに、優先株式の利用にあたっては、条件設定を企業家とVCの双方が協議して行う必要があり、交渉手続きが煩雑で時間も掛かる。そうしたデメリットが普及を遅らせているのであろうが、優先株式の利用によって、企業家と投資家であるVC、お互いの立場が明確になることでお互いの関係がより良好となり、協力的になるといったメリットは大きい。今後、企業家、VC双方が優先株式への理解を深め、利用拡大を図っていただくことを望みたい。