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2015-09-24 公開
中信ベンチャーキャピタル㈱
Kyoto Chuo Shinkin Bank
代表取締役会長兼社長 今村 弘一
Imamura Hirokazu

中信ベンチャーキャピタル株式会社
代表取締役会長兼社長 今村 弘一 氏

1945年9月生。1970年京都中央信用金庫入行。1995年中信合同ファイナンス株式会社(現・中信ベンチャーキャピタル株式会社)取締役就任。2011年6月代表取締役会長兼社長就任。酒蔵どころで有名な京都伏見に生まれ一歩たりとも京都を離れる事なく現在に至る。趣味は能面づくり。

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「京都の投資活動20年で感じたこと、伝えたいこと」


8月3日開催の「インデペンデンツクラブin KRP WEEK」にて、中信ベンチャーキャピタル株式会社の今村弘一会長に講演いただきました。


弊社は1985年2月16日に、京都中央信用金庫と㈱ジャフコの2社の合弁会社として設立されました。当時は第二次ベンチャービジネスブームの終わりの頃に当り、各地の地銀・第二地銀が相次いでVCを立ち上げた時期でもあり、信用金庫の中では弊社と浜松信用金庫の関連会社「はましん合同ファイナンス㈱(当時)」の2社が業界に先駆けて投資活動をスタートさせました。

京都は日本で初めてVCが出来た土地柄で1972年に「京都エンタープライズ・デベロップメント」が京都経済同友会が母体となって発足しました。京都は1200年の歴史が独特の文化を育み現在まで日本の文化遺産として有名な社寺仏閣が市内のそこここに存在し、年中、国内外の観光客を引きつけています。加えて幕末まで首都が京都にあったことは、政治の中心である以上に人の往来に合わせて各地の物資や文化が持ち込まれ需要が喚起されて様々な美術工芸品、伝統文化が開花発展しました。明治になって首都は東京に移りましたが、長年培われた伝統と文化は庶民の手に移って継承され現在に至っています。また京都は学生の街であり大学の数は東京都には及びませんが、京都大学を筆頭に府立大学、府立医科大学、京都工芸繊維大学等々の官立大学に加え、同志社大学、立命館大学、京都産業大学等々の民間大学が市内にキャンパスを持ち独特の雰囲気を醸し出しています。大学は学生の教育の場であると同時に研究開発の場でもあります。最近は国の施策が産学連携を奨励していることもあって大学内で開発された技術、アイデアは学内に留まることなく様々な連携機関を通じて民間企業との共同開発、事業化が進められています。戦後数多くのユニークなベンチャー企業が京都から起業していきました。京セラ、立石電機、村田製作所、堀場製作所、ロームをはじめ最近では任天堂、日本電産に代表される世界に通用する企業を多数輩出しているのは他の都市では見られない京都の独特な風土が大きく貢献していると云えるのではないでしょうか。各企業の原点を辿ればいずれも陶磁器、染織、京料理等の伝統産業に行き当たります。伝統産業とハイテク先端産業と結びつけたのは京都の職人集団が存在していたことが大きいと思われます。京都の職人はモノが持つ機能性だけではなく文化性も高めることにより、これに付加価値をつけてうまくビジネスとして成り立たせるノウハウを持っていたと云えます。ただ文化は一つ所に留まっているものではなく、常に“移ろう”ものであります。ここで必要になるのが「革新(レボリューション)」であります。すなわち文化をビジネスとして成り立たせ、これを継続させるためには商品の上に乗せる文化を時代に合う形で変えていかねばなりません。これが京都の伝統産業における「革新」の意味であり、あくまでも「継続の為の革新」なのであります。京都の職人の場合、五代、十代の長いスパンで積み重ねられてきた中で自然と職人の文化として形成されていったと思われます。京都の職人文化が興味深いのはその文化が伝統産業の中で生きているだけではなく京都という都市自体の底に流れている点であります。この為、京都で世界の最先端を走るハイテク企業の経営の中にも職人文化の要素が無意識に入り込んできています。これには京都が他に例を見ない「職住工混在の町」ということが影響していると云えるでしょう。京都には独創性が高く独自性を持つ製品で市場で高いシェアを獲得している企業が数多くあります。大企業のみならずベンチャー企業でもその独自性と質の高さにより大企業を相手にしても勝つ事のできる企業が存在します。弊社も出資している㈱片岡製作所の片岡社長は「シェアでトップを取るというのは一回位勝っても獲れない。ずっと勝ち続けなければ一番になれない。100人前後の中小企業ではすべての面で大企業と競争すると負けるのは見えている。幸いレーザー分野の市場はそれ程大きくはない。この限られた分野であればやり方次第で大企業と対等で戦える」と説明されています。「人と何が違うのか、他社とどう違うのか。よその府県とどう違うのか」この違いの創出に収斂することが京都の企業に共通する経営戦略の基本ではないかと思われます。 今年(2015年)は公私にわたってエポックメーキングな年に当たります。京都中央信用金庫は創立75周年を迎え、弊社も設立30年の節目の年を迎えました。私事で恐縮ですが、京都中央信用金庫へ入職して45年、また弊社へ出向してからちょうど20年目に当たります。弊社に出向したのは1995年12月当時で「中信合同ファイナンス㈱」という社名で、当時の社長は日本合同ファイナンス㈱(現㈱ジャフコ)の大阪支店長でした。私は取締役の肩書きながら投資についてはまったくの素人で手取り足取り指導していただきました。今も覚えているのですが、投資を判断する上で何が一番大事ですかと伺ったところ即座に経営者の目利きだと。但しそれが一番難しい課題である事も事実で、常日頃心掛けているのは最終判断するまでに出来るだけ経営者にお目にかかり事業だけでなくその人となりを含め持っている資質全体が受け取れるように努力していると。短時間でどこまで経営者の資質まで見抜けるかは未だに心もとないところですが、少しでも経営者の実像に迫れるよう今後も努力をしていきたいものだと思います。投資の何たるかもわからず日々無我夢中で過ごしていた当時、秘かに自分に課していた目標がありました。当時も今も投資のスタートは新規の企業を如何に発掘することにあります。金庫の営業店(支店)からの紹介で初めてお目にかかった経営者にどれだけの時間、話が持たせられるかというのがそれでありました。5分でも10分でも面談の時間を延ばすには何が必要か考えました。こちらから一方的に話をしても会話が長く続くものではありません。そこで相手が関心を持たれている課題、事業の何に課題を持っておられるのかを探ることに努めました。以来、新聞記事の切り抜きを20年近く毎朝欠かさず1時間程かけて続けています。切り抜いた新聞記事は2・3年後に改めて見直す事で、当時何に関心を持っていたのか、現在関心を持っている事柄とのギャップが何であるかも認識させられます。投資のターゲットを考える上で大いに参考になると自認しているところです。

20年近くに渉る投資活動は当然ながら平坦なものではありませんでした。新興市場が相次いで開設されネットバブルに沸いた2000年前後は投資概念を大きく転換させ、市場も活況を続けた晴れの時期でありました。弊社でも出資から3~5年の短期間でスピード上場を果たしたベンチャー企業が3社ほどあり、簿価の10~15倍、中には20倍近くに初値をつけた先もありました。当時の実感はこんなに短期間で億ロットのキャピタルゲインが確保できたのを正直喜べず複雑な戸惑いを覚えたのを思い出します。でも投資の現実はそのような夢見心地気分をいつまでも許してくれる筈もなく2008年に世界を震撼させたリーマンショック以降、地獄の日々が待ち受けていました。当時の状況は訪問する先々で資金繰り悪化の話が噴出しこのまま推移すればかなりの投資先が自己破産に追い込まれるのではないかという恐怖感すら覚えたものです。1998年から2008年の10年間、その後の5年間はまさに投資活動の天国から地獄の15年間でありましたが、2012年に投資先の中で相次いでIPOへ向けて準備に入るとの朗報が寄せられ、現在10社が具体的IPO準備を進めている所です。投資先累計75社中IPO実績10社で公開確率13.3%とさほど高くはありませんでしたが、予定通りであれば4年後IPO20社で公開確率は20%となります。出資先を厳選しコンスタントに出資継続してくことによって自ずと成果はついてくるものです。我々VCにとって資金を安定的に出資いただけるファンド出資者の存在は、投資効率を確保するためには必須要件であります。弊社にとって終始ファンドへの出資を続けていただいている親会社―京都中央信用金庫の支援の賜物であると深く感謝している次第であります。

ここ京都、いや関西の企業は東京から多数上場を果たしているIT企業よりも”物づくり”の製造会社であり、消費者に直結した小売りサービス業者が中心にあります。確かに事業拡大のスピードはIT企業よりも遅いかもしれません。事業化を進めるのに時間がかかることはあるものの、着実に成長されている事は株主として寄り添う中で実感している所であります。私どもVCはもちろん、本日ここにご参加されている全てのサポート機関の皆様と協力してベンチャー支援に取り組めば、必ずや近いうちに年間の新規上場会社数が東京地区に追いつき追い越せる時が来ると信じて疑いません。”ネバーギブアップ”です。”継続は力”であり、”結束“して知恵を出し合えば自ずと成果はついてくるものです。関西復権を目指して、共に頑張りましょう。

私事で真に恐縮ですが、この9月末をもって役員を退任し一線を引くことになっています。最後にこの言葉に今の思いを重ねて本日の講演を終わらせていただきます。“老兵は死なず、ただ去りゆくのみ(Old soldier never die,they just fade away)”。長い時間ありがとうございました。

2015年8月3日 KRP西地区4号館2階にて

THE INDEPENDENTS 最新号


【2019年7月号】
(株)匠堂 朴 理沙
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